今月の写真
幅がバス一台分のBRTの専用橋。やはりBRTよりは鉄道のほうがいいのでしょうか。

2011年3月11日に起きた東日本大震災(地震名は東北地方太平洋沖地震)は20000人近くの人命を奪い、海岸沿いの多くの土地に壊滅的な被害を与えた。

鉄道も例外ではなく、海岸沿いを走っていた多くの路線が津波の被害を受けて使えなくなった。

ところで、利用者の減少などで鉄道の維持が難しくなっているローカル線の代替交通としてBRTが注目されるようになった。BRTは、廃止や災害で不通になったローカル線の線路敷地にバス専用道を整備し、そこに鉄道の代替バスを走らせるものだ。

BRTとは、「bus rapid transit」のことで、専用の道を持つバスのことだ。日本では「バス高速輸送システム」と呼ばれる。1974年に南米ブラジルではじまり、その後、世界の200都市近くに増え、路線の総延長距離は約5000kmにもなっている。世界の1日当たりのBRT推定乗降客数は約3000万人を超える。

岩手県、宮城県の沿岸は、東日本大震災前から人口減少と、それにともなって鉄道の維持に悩んでいたところで、震災後はいち早くBRTに乗り出した。鉄道が不通になっていた気仙沼線(東日本旅客鉄道。宮城県石巻市の前谷地駅から気仙沼市の気仙沼駅の間の72.8 km)と大船渡線(東日本旅客鉄道。岩手県一関市の一ノ関駅から宮城県気仙沼市、岩手県陸前高田市を経由して岩手県大船渡市の盛駅の間の105.7 km)の鉄道不通部分に、震災2年後の2013年3月からBRTが運行されている。

この写真は宮城県の最北、岩手県との境にある気仙沼市階上に作られたBRTの専用橋。バス一台分の幅しかない、BRTの専用橋である。撮影は2018年4月、まだ取付道路は通っておらず、BRTはこの橋を通らずに一般道を走っている。

だが、沿線の住民は、バスではなくて鉄道を熱望した。このため、BRTの計画は頓挫した。気仙沼線のBRTは気仙沼駅から北の岩手県大船渡市の盛駅まで達している。2019年3月に、その盛駅から、三陸鉄道の鉄道路線のリアス線が、盛駅と青森県久慈市の久慈駅の間 163.0km を結んで開通した。日本の第三セクター鉄道では最長距離の路線である。

この三陸鉄道は東日本旅客鉄道山田線の宮古駅 - 釜石駅間を、三陸鉄道の既存の路線である南リアス線(盛駅 - 釜石駅間)・北リアス線(宮古駅 - 久慈駅間)と統合して、盛駅 - 久慈駅間を通して「リアス線」となったものだ。山田線の宮古駅 - 釜石駅間は津波の被害を受けたが、東日本旅客鉄道が復旧した。

列車渇望のせいで、千葉・銚子電鉄はバス専用道に線路を敷いて1923年に開業した。この専用道も1917年に廃止された銚子遊覧鉄道の線路敷地を活用したもので、鉄道→専用道→鉄道という経緯をたどった。こういった例もある。

もちろんBRTにはそれなりの利点もある。列車よりもコストが圧倒的に安いほか、たとえば、途中だけ専用道を出て一般道に乗り入れ、専用道から外れた病院などに立ち寄ることも出来るし、一般には運行本数も列車よりも多い。他方、欠点もある。列車の最高速度は85km/hだが、専用道は道路法規に縛られるので60km/hくらいまでしか出せないから、長距離では時間がかかる。

しかし、2019年3月に開通した三陸鉄道を祝う住民の熱気は尋常ではなかった。鉄道に乗らなくても、たとえ1両だけの編成でも、鉄道が走っているのを見るだけでもいい、というのが被災地の心情なのである。

三陸鉄道の将来の安定的な経営は不安に満ちている。複線区間はなく全線が単線だし、電化区間もないという安上がりの路線だが、利用客数は、いくら頑張っても知れているからだ。都会だけに人口が集中して、地方が忘れ去られている現状は、ここにも象徴的に現れている。

(撮影機材はOlympus OM-D E-M5。ISO200、F11、1/400秒、レンズは70mm相当)

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